Childhood's End

映画と本の感想など

女性声優が飲酒することについて

ラジオやイベント等の公の場にも関わらず、お酒を飲む女性声優が増えている気がする。飲酒する声優を鑑賞する時何を思うのか。以下妄想

①素面のままで話すよりもこぼれ話が聴けるかもしれないという期待
 誰かと飲んでいる時に、酒に呑まれて秘密をバラしてしまう人を極稀に見かける。また、飲み会の場では日常話がされないような方向性の異なる真面目な話、深イイ話()が出ることがある。過去職場での飲み会は仕事のやり方や姿勢を後進に伝える口伝の場だったと聴いたことがある。そうった体験や飲み会に対するイメージが、声優からのこぼれ話、オフレコ話を聴くことへの期待を否が応でも上げている。

②酩酊した声優が何かを起こすことを楽しみにしている
 ①の類似系であるが、いつもは真面目に演技や作品の話をしている彼女達が酔っ払ってしまうことで何か"ヤバイ"ことが起きることを楽しみにしている。そのヤバイことは絶対に墓場まで持っていくこと間違いないし、その秘密を共有する体験をしたい希望が少なからずあると思われる。

③飲酒という「程よく健康を害する行為」を目の当たりにする
 いくつもイベントに行っていると声優を自分と同じ人間であるという認識が薄れてきてしまうが、飲酒という適度に健康を害する行為を観ることで、彼女たちも同じ人間なのだろいうという確信を手軽に得ることができる。この場合喫煙などを見せられてしまうと刺激が強すぎるし、プロの声優である彼らが喫煙を行うことは対外的にもアカンだろう。

④逆転する非対称性
 いつもは主導権を握られているオタク達であるが、酔っ払ってしまった声優には優位性を確保できているのでは?という錯覚を起こすことが出来るのではないか。

⑤擬似飲みニケーション
 普通のオタクは恐らく声優と飲み会をすることは生きている限り絶対に行うことは無理だろうが、演者も客も飲酒が出来るイベントに参加した場合その限りではない。その類のイベントににさえ行けば、声優と飲み会をする擬似体験を味わうことが出来るのだ。ライブで曲に合わせて振りコピして一体感を得るような無駄な努力をする必要はない。

以上オタクがどう思うだろうか色々考えてきたが、声優は何を思ってこのような飲酒行為を行うのかについては想像も出来ない。