Childhood's End

映画と本の感想など

よく考えると不思議な、ランチェキというもの(その①)

 ランチェキとはランダムチェキの略称であり、物販やネット通販を通して購入できるものである。通常のチェキはアイドル(達)と一緒に撮影するものだが、ランチェキは予め撮影されたチェキをランダムで引いて購入するものだ。

 

 ランチェキの特性について語る上で様々なものと比較することで浮かび上がってくることがあると感じたので列挙していく。

 

・宝くじ

 運に任せて引くと言えば宝くじが最もふさわしいが、宝くじの場合は当たったらお金を手にすることができる反面、ランチェキの場合は引いても具体的な報酬は手に入らない。宝くじと異なりランチェキはランチェキそれ自体が報酬となる。

 

・おみくじ

 初詣でおみくじを引く人は多いと思うが、おみくじの場合運勢やそこに書かれている事を読んでその年の自身の振る舞いを調整するために使ったり、ある種の安心材料として用いると思うがランチェキの場合はそういった効能は一切ない。あるのはそのランチェキを手に入れたことへの喜びだけである。

 

・ガチャ

 ソシャゲのガチャはプレイヤーがゲームを進める上で有利になるためにキャラを引く行為にあたるので、やはりそのキャラが持っている力を目当てにした行為であり、ランチェキを引くこととは本質的に異なっている。もしそのキャラ自体を引きたいのであればそもそもガチャではなく、別の手段で画像データなりを入手すればよい。

 

トレーディングカード

 コレクションをする=入手そのものを目的とした存在であるトレーディングカードであるが、これについてもランチェキとは全く特性が異なる。それは、決してコレクションが完成しないという点だ。この点はランチェキの全体像を運営もオタクの誰もが管理出来ていないことから導き出された特性である。

※ただし、ファンの人数や活動期間が極端に短いアイドルには当てはまらないと思われるが、そういう瞬間的なアイドルについては考慮しないことにした。

 

・絵画、彫刻、NFT

 では、持っているだけで意味があるものの代表といえば絵画や彫刻などの芸術作品だが、そもそもこれらはランダムに引くものではないので比較対象にならない。

 

・映画や小説

 そうなると、映画や小説などはどうだろうか。実体はないが、最後まで鑑賞して本質を得ることができるし、ある種のランダム性も帯びている(好き嫌いや出来の良し悪し)。だが、映画や小説はある種の工業製品で大量生産されているものなので、あらゆる人間がそれにアクセスすることが出来るでランチェキとは決定的に異なる。

 

・ブロマイド

 そうなると、ランチェキに写っているアイドルが撮影されたブロマイドでなおかつランダムに売られているものについて考えてみよう。この場合ブロマイドはランダムで入手されるし自分が好きなアイドルが写っているから大丈夫かと思いきや、ランチェキとは決定的に異なる特性がある。それは映画や小説同様にブロマイドは同じ写真が同時に複数枚存在しているという点がランチェキと決定的に異なる。

 

 以上を鑑みて本記事でのランチェキの定義は以下の通りにしたい。

①ランチェキはそれ自体の所有が目的にある

②ランチェキは同じものが複数枚存在しないものである

③ランチェキは決して完成しないコレクションである

 

 これはすなわち無限の可能性との対峙である。この対峙についてはまた別の機会を設けて考えてみたい。